当ウェブサイトへのご訪問、どうもありがとうございます。自己紹介というよりは、事故紹介という方が相応しいと思います。後期高齢者になったら恥も外聞もありません、笑ってやってください(^^♪
●1950年(昭和25年)佐賀県の有田町で生まれました。名前は、正司 敬(ショウジ タカシ)と申します。
●長崎で、小・中・高と過ごしました。あ、高校のときは不良少年であり、落第もしました。
●東京で私大文系を卒業しました。中央大学というところで、授業料が安い理由で経済学部に入学。後に、その大学の法学部が名門だと知り、ならば、と法学部に入りなおしました。仕送りなしだから、親にも誰にも気がねなしの自由な生活でした。

●卒業後は、当時、色んな意味で有名だったキャバレーハワイ観光に入社。キャバレーのボーイから修行して店長になりました。
●その後、まっとうなサラリーマンになってみようと思い、中途採用で、キヤノンという大きい会社に入れてもらいました。でも根性不足なので、10年でクビになりました。
●フィリピン・パブを経営しました。ほぼ2年間の貴重な経験でした。
●次は、米国 大型バイクのHarley-Davidsonの出資する、外資系合弁会社に雇ってもらいました。ここもほぼ10年ほどでした。
●経営コンサルタントとして、独立しました。ここでインターネットの扱い、特にHPの作り方など独学で習得しました。独学だから、結構いい加減です。
●佐賀県有田町に住む母(当時90歳)の独居がヤバくなってきたので、大阪から九州へと移住しました。
●母との共同生活も10年でした。しかし、これほど幸せな10年間はありませんでした。人は自分以外の誰かのことを真に思う、そのことの中に幸せの種が宿っている、それを母ちゃんに学びました。そういえば、わたしは結婚したことがありません。それはなぜかと言えば、モテなかったからです。母との共同生活で、わたしがなぜモテなかったのか、やっと分かりました。母に対するのと同じ感情を、これまでの幾人かのお相手に対して、向けることができなかったからです。
●母を送って後、長崎大学経済学部の大学院に入れてもらいました。ここではMBA(経営学修士)を修了しました。
●母の愛した土地、この有田町をわたしも愛せるようになりました。ここで地域の活動や、一般社団法人の理事とか受け持ち、ごちゃごちゃやらかしてます。